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時空にえがく美意識
http://collaj.jp/
10月号 神な月 2 012
ひと夏のララバイ
ここをクリックするとページが進みます
Copyright . 2012 Shiong All rights reserved
時空にえがく美意識
http://collaj.jp/
10月号 神な月 2 012
ひと夏のララバイ
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ヴァイオリンづくりからひろがる 音楽の輪
渋谷の繁華街に近い並木橋交差点にオープンした Aux Petits Chevalets( オ プティ シュヴァレ )。
フランスからやってきたヴァイオリン職人・パオリ・オリヴィエさんの運営する弦楽器工房です。
工房 1階の多目的スペース「l 'telier(ラトリエ)」
にて、オリヴィエさんと陽子さん。
▲ LUTHIER(リュティエ)とは弦楽器職人のこと。
16歳からフランス・ミルクールの国立弦楽器製作学校でヴァ
イオリン製作技術を学んだパオリ・オリヴィエさん。きっか
けは、小さな頃ヴィオラを習っていたことや手仕事が好き
だったこと。製作学校は数百人受験して
10人足らずしか入
れない難関で、授業も厳しく落伍する生徒もいたそうです。
卒業後いくつかの工房で修行を積んでから、異例の若さで
パリのリエージュ通りに工房をもち独立しました。
修業時代には、日本に来てフランス人楽器製作者の元で働
いたこともあるそうです。それをきっかけに日本に店を持ち
たいと思いはじめ、2009年愛犬ヴァルラスを連れて突然
来日。マンションの1室でヴァイオリン修復の仕事をしなが
ら、大切なパートナーとなる陽子さんと出会いました。
工房で主に手掛けるのは演奏家からヴァイオリンなど弦楽器を預かり、修復・調整する仕事です。楽器を解体しヒビを小さな木片
でつないだり、木をあてがって直します。オリジナルの楽器に敬意を払い、表面のニスなどを出来るだけ残すのがオリヴィエさんの
流儀です。そのため裏側から塗膜ギリギリまで削ぎ落とし新しい木片をはめ込むという、高度な修復の技法駆使します。「大切なのは演奏家の求める音を理解すること」とオリヴィエさん。楽器のポテンシャルを引き出し演奏家の感性にあった音を作りだします。
100年以上前に作られた楽器の中
には、表からは見えない歴史が刻ま
れています。過去の修復跡を見るこ
とも多く、後世のために優れた修復
技術を伝えていきたいといいます。
100〜300年前に作られたヴァイオリンを修復し、販売もしています。
やわらかに響き渡る、奥行きのある音を提案していきたいそうです。
表面の傷んだ部分は、天然のニスを調合したものに絵の具を混ぜながら、筆で何度も塗り重ねて補修します。ニスにはヴァイオリン職人
の秘密の調合があり、それを見極めてオリジナルに近づけるそうです。京都の寺院建築にも興味があると語るオリヴィエさんは、ウグイ
ス張りの鳴き廊下の仕組みなど「日本の職人の仕事に敬意を感じる」そうです。意外なことに渋谷には
10軒以上の弦楽器工房があり、
演奏人口はパリより多いだろうといいます。修復の腕前は口コミで広まり、今では沢山のヴァイオリンが修復される日を待っています。
西洋のノミに加え、日本のノミも使っています。切り出し刀な
ど、鋼を叩いて作られた日本の刃物もお気に入りとのこと。
▲ パリから持ってきた古い木片は、修復に欠かせない材料です。
▼ 極小サイズの西洋カンナ。日本とは逆に押しながら削ります。
▲ パリから持ってきた古い木片は、修復に欠かせない材料です。
▼ 極小サイズの西洋カンナ。日本とは逆に押しながら削ります。
▲ フランス時代からの大切なパートナー・ヴァルラスくん。沢山の
▲ ヴァイオリンの音色を大きく変える「駒」を削って整えます。店
ヴァイオリンの音色を聴いてきました。
名の「 Chevalets (シュヴァレ)」は、駒の意味です。
1階の多目的スペース「l 'telier(ラトリエ) 」では、毎週のようにコンサートがひらかれています。9月 23日には青木博幸さん(ヴァイオリン)、
石川咲子さん(ピアノ)により、タンゴ界の巨匠といわれたバンドネオン奏者・ピアソラの没後 20年を忍んだ演奏会が開かれ、満員の観
客でにぎわいました。客席と演奏者が一体となり、ヴァイオリンの生の鼓動を感じる舞台でした。演奏家以外はあまり訪れることのなかった
ヴァイオリン工房を、ひらかれた場所としたオリヴィエさんと陽子さん。音楽の楽しみ方に新しい1ページが加わりそうです。
天然木の縦棧とオーク材の床に包まれた天井の高い空間。
1階からオリヴィエさんの工房も見えます。
いぶん
食文化ヒストリアン
異聞カルムイクの人食い
大原千晴
英国骨董おおはら
の長が逝去したときには、これを投げることで、その弔いのや
り方を占ってきた。四面体の「黒色」が上になれば、「黒き土に
埋葬」。「青色」であれば、「遺骸を川に投げ捨てよ」という命
であるので、どこにいようとも、その遺骸をヴォルガの流れま
で運んでこれを流す。「緑色」であれば、「遺体を切り刻み、料
理して、これを食す」。古来数千年間、こうして神の御託宣に従
うことで、一族は血脈をつないできた。
あるとき、このカルムイク族のモインサク・シャーの息子の一
人が死を迎えた。カルパの占いの結果は、「緑色」であった。一
族は、その遺骸の脂をよく落とし、血を十分に抜き、これを丁
寧にローストした後、賑やかなる祝宴を開いて、一同でその肉
を分かちあって食べていた。旅を続けていた私は、たまたま、
骨董銀器商などという浮世離れした仕事をしていると、時に不
思議なお客様と出合い、なぜか意気投合して、話が次から次へ
と展開し、いつしか時が経つのも忘れて、そのままお商売も忘
れてしまう、というようなことがたまに、ある。これはなにも、
生きた人間様だけのことではなくして、遠い昔に異国の誰かが
書き残した言葉であっても同じこと。話の面白さに、ひたすら
これを読みふけり、いつしかお商売を忘れてしまう、というこ
ともまた、珍しいことではない。たとえば、オスマン帝国の宮
廷御用達の宝石商を父として、一六六一年イスタンブールに生
まれた、エヴリヤ・チェレビなる男が書き残した旅日記が、そ
うだ。今回は、この不思議な旅の記録から、興味深い「食」に
ついてのお話をご紹介してみたい。そのあまりの途方のなさに、
これをウソ話と思うか、また、うつつのまことと思うか。それは、
皆様のお心しだい。題して『異聞カルムイクの人食い』。
騎馬民族であるカルムイク族は長寿で知られ、時に二百歳とも
三百歳ともいわれる翁もあるとか。この一族にあっては昔から、
馬を自由に操ることができなくなった時が、男として人間とし
て寿命の尽きる時、と決めら
れている。その時が至れば親
族うち揃って盛大なる宴を開
き、「特別に尻尾を大きく肥
育させた羊」の、その尻尾を
料理して出す。これを丸ごと
全て食べさせることで、寿
命を迎えた男を死に至らしめ
る。こうして男は、聖なる羊
と共に、神に召された殉教者
となるとか。なお、この種族には食人の習慣がある。
カルムイク族の中にあっても、神事を司るカルパ家は、太子も
しくは王の次に位置する高い家格を誇ってきた。その家には数
千年の昔から代々、古い占いの道具が伝えられている。それは
4つの面がそれぞれ異なる色で塗られた木製の四面体で、一族
その宴の場に遭遇したのだった。彼らは「旅のお方、貴方様もどうぞご一
緒にいかがですか、さあこちらへ」と私をその宴に招き入れる。「遺骸を
食べてらっしゃるのですよね」と私が尋ねると、
「もちろんです」との答え。
「こうして死者の遺骸を食べることで、その魂が我々の誰かの中に入り込
む。そうなることで、その魂は死することなく、これからも我らと共に生
き続けることになるのです」と言うのだった。で、ふたたび私は尋ねてみ
た「亡くなられたお父上は、どのような方でいらしたのですか?」。「我ら
を生み出し、あなた様を生み出し、輝ける山を築き上げたる創造主、それ
が父上です」との答え。なんと、この男は、自らの父を神だとでもいうつ
もりなのか。誠にもって、ここに書き記すだに恐ろしき、神を恐れぬ答え
ではないか。この者共は「最後の審判」「天国と地獄」「煉獄」などキリス
トの教えなど知りはしない。儒教の四書の教えも知らなければ、また、ム
ハンマドの預言も知らず、スンナの慣行にも縁なき衆生である。まさに禽
獣にひとしい、いやしい野蛮なる存在というほかはない。そう思った私は、
彼らに向かってこう叫んだ。「人間が人間の肉を食べることなどできましょ
うか。心に痛みを覚えないのですか、あ
なた方は!」。すると、宴席を囲む一族
の中から、一人の老人がはっきりとした
口調で、こう答えるのだった。
「心の痛み、などとおっしゃるのであれ
ば、あなたはお食べにならぬがよかろう。
だが、あなた様は本心では、こう思われ
ているのではないですか。遺骸の肉を食
べることはしたくない。しかしながら、
その肉の味わいが如何なるものか、それ
だけは知りたいものだと。そう思ってお
いでなのでは?もし、わずかでもその
ように思われるのであれば、若き女と口
づけをしてみられよ。その甘やかなる味
わい。この肉の真の味わいは、まさにその、若き女との口づけの味わいそ
のものなのです。こうして人間の肉体を食べるとことは、そこに秘められ
た甘やかなる養分を我々の体に吸収することに通じるのです。それにより、
我が一族は、永遠へとつながる命を獲得することができる。これこそが、
我が民族の誇り高き、長寿の源なのです」老人は、そう平然と言い放つの
であった。
なお、この弔いの祝宴では、遺骸一体分の人肉を、約五十人のカルムイク
族で分かち合うのが通例である。その人肉の脂については、宴の参加者が、
顔といわず手足と言わず、体全体に塗りまくることに使われる。そして最
後に残された遺骸の骨、これを土に埋めることで、死者を弔う宴はおわり
を告げるのであった。
ひと椀の水も口にすることなく、かく語り終えし大原の翁、天空に輝ける
月影を仰ぎ見て、その目に白き光をたたえながら、悲しげに、ひと吠えす。
その一瞬、青山なる墓地のあまたある墓石を渡りて、涼しげなる秋の風の
ひと吹きせしも、不思議なり。
たすき
明日への襷次代へ受け継がれる復興への鼓動
4回目となるVectorworks教育シンポジウム2012(主催
A&A)が、8月24日、大手町サンケイ
プラザで開催されました。全国から教育関係者や学生たちが参加し、様々な活動を報告しました。
シンポジウムの開会を宣言す
る
A&A代表・内田和子さん。
自ら東北の被災地を訪れ、支
援活動を行っています。目立
つ活動よりも、長く継続し現
地で役立つ活動を次代へつな
げたい。「明日への襷」という
テーマには、そうした思いも
A&
Aの復興支援活動レポート込められているそうです。
「槌音(つちおと)」
こちらからご覧になれます。
▼ 現地での地図製作の様子。
宮城県気仙沼大谷本吉地区の
「逃げ地図」を製作する様子を
動画で見られます。 YouTube
特別講演は、日建設計の羽鳥達也さん(設計部門設計部
主管)。同社ボランティア部が中心となって開発した「逃げ
地図」をテーマに発表を行いました。
逃げ地図の開発は、宮城県・気仙沼の造船会社で数々の
有名建築の建設に関わってきた高橋工業との縁をきっかけ
に始まったそうです。東日本大震災の津波により甚大な被
害をうけた気仙沼など多くの被災地では、街の復興プラ
ンづくりが難航しています。その原因のひとつは、住民に
対して、どのプランを採用すれば、どの位の安全性を確保
できるか、科学的な説明がないことにあると羽鳥さんは考
えたそうです。そこで、津波で浸水した地域や避難場所、
避難道路、通行不能個所、高台の住宅移転先などを白地
図上にプロットし、どの位の時間で(高齢者の歩く速さで)、
どこへ避難できるかを明解に示したのが「逃げ地図」です。
これにより高台移転を優先する地域や、避難タワーなどを
建てる位置、避難道路の効果などを誰でも理解でき、住
民自らも地図づくりに参加できます。
さらに A&Aの歩行者シミュレーションソフト「Sim Tread(シムトレッド)」を応用し、パソコンで避難をシミュレー
ションするツールも開発しました。人の流れはアニメーショ
ンで表示され、プランによる効果の違いも比較できます。
住民もプランづくりに参加することで、限られたコスト内
で安全度の高い復興を進められると羽鳥さんはいいます。
▼ 気仙沼市大谷本吉地区のために製作された「逃げ地図」の一例。
逃げ地図は、2012年グッドデザイン・ベスト100に選ばれました。
▼ 山田町の失われた家の間取り。記憶の器は「せんだいデザインリーグ
2012 卒業設計日本一決定戦」で高い評価を得て「日本二」に選ばれました。
今回は学生による特別講演も行われました。東北大学で
建築を学んだ松井一哲さん(現・東京大学大学院 工学系
研究科 建築学専攻)は、在学中に仙台で東日本大震災
を体験し、卒業設計に岩手県・山田町の復興計画を選び
ました。現地で仮設住宅を断熱する作業のボランティアを
しながら、100人以上の住民の話を聞き計画を練っていっ
たそうです。しかし計画を具体化するほど、松井さんの手
は進まなくなりました。「卒業設計のために描いた絵空事
を、町の人に胸をはって見せられるのか」。そう思ったとき、
松井さんは新しいテーマに挑みます。それが、聞き取りに
よって描いた間取りを元に模型を作る「記憶の器」でした。
津波で家を流された山田町数百人の住人に、失われた家
の間取りや、どのような建具や材料を使っていたか、部屋
の使い勝手はどうだったか、日常の細々なことを聞き取り、
文字に起こし、方言の問題や和風建築に対する知識不足
を乗り越えながら、記憶の中の間取りを描いていきました。
やがて松井さんは、聞き取りは家の間取りだけでなく、失
われた津波以前の生活を思い起こし、記録することにもつ
ながっていると気付かされます。
「20年、30年先に、過疎化のすすむ東北沿岸部の再生
を担うのは自分たちだと思う。震災をまたいで建築を学ん
だ学生の一例として聞いて欲しい」という松井さんの言葉
が印象的でした。
▼ ある住民に寄贈するために作った、住宅の復元模型「記憶の器」。
松井一哲さんによる、復元模型の元となった聞き取り図。
羽鳥達也さんとは、日建設計ボランティア部が行ったイン
ターンシップで知り合ったそうです。
▼▼ ワークショップで現場作業を重ねるうち、学生はたくましくなっていくそうです。▼ ワークショップで現場作業を重ねるうち、学生はたくましくなっていくそうです。
お昼休みをはさみ登壇したのは、昭和女子大学(生活科学部
環境デザイン学科 建築・インテリアデザインコース)の准教
授・田村圭介さん。以前は英国・FOAに所属し、CGによる
設計手法が話題となった「横浜港大さん橋国際客船ターミナル」
(2002年)を手掛けています。また15年かけて渋谷駅周辺
の変遷を追い「3Dプリンター」の模型で表現した研究はマス
コミにも大きく取り上げられました。
女子大生の実態についてのお話が印象的でした。「教員になっ
て 10年の間に、学生の質は大きく変わりました。授業で笑わ
ない学生が増え、リーマンショック以降に就職した学生の半数
程はすでに転職しています。感情を出さず、他人との協調を苦
手とする学生に対し、個人的な能力を伸ばす教育は有効か?
疑問を持ちました」。そこで田村さんは、学園祭のための仮設
建築を作る「1/1ワークショップ」を立ち上げ、グループワー
クの実践に取り組みました。デザインの検討から模型づくり、
CADによる設計、構造計算、鉄工場でのジョイント部材の製
作、学内での組み立てまでを15人程のグループで行います。
役割分担も生まれ、CADの操作は通常の授業より早く習得で
きるそうです。組み立てには他校の男子学生も協力し、コミュ
ニケーション能力の向上に役立ちます。「学園祭当日、自分た
ちの建築で遊ぶ子どもの姿を見て、利用されている、喜んでも
らっているという実感が湧きます。今の学生にとって、それは
とても大切なことではないでしょうか」と田村さんはいいます。
▼「3Dプリンター」による渋谷駅の模型。
木造住宅の木組み構造や、壁・開口部の仕様などを、C AD操作を通して学んでいきます。
東海大学 札幌校舎(国際文化学部 デザイン文化学科)教授・
渡辺宏二さんは、同校の旭川校舎で行ってきた実践的な CAD
教育について解説しました。パソコンを利用した建築・デザイ
ン教育にいち早く取り組んできた同校にとっての課題は「手描
き製図とCAD製図のバランス」だったそうです。手描き製図は、
建築の構造を理解するために欠かせないステップであるものの
「実社会では CAD製図が中心となり、手描きは通過儀礼的に
過ぎなくなってきた」と渡辺さん。そこで 2003年から手描き
製図の授業を見直し、立体と平面の関係や建築の基本寸法な
どを手作業から学びとる機会を増やしました。
次に目指したのは、CADの操作をつうじて、建物の詳細を理
解することでした。特に木構造に力を入れ、寒冷地仕様の木
造住宅をテーマに、1/50の平面図や矩計図(かなばかりず・
断面詳細図の一種)を2次元 CADで描かせました。「ディテー
ルを描くうちに不明点が明確になり、学生から自発的な質問を
沢山もらうようになった」そうです。
2次元をしっかり学んでからは、3次元 CADへ移行します。
Vectorworksなどを使い、木造住宅をモデリングして構造を
立体的に理解したり、プラグインソフトの作り方や、レンダリ
ング、アニメーションのテクニックを学んでいきます。今後はさ
らに BIM(ビルディングインフォメーションモデル)の学習など
にも力を入れ、将来の設計環境をリードしていく人材を育てた
いと渡辺さんは語ります。
1/50矩計図
続いて奨学金制度を主管する大河内勝司さんから、今年の授与者に選ばれた学
生 5名(工学院大学大学院・小切山 孝治さん、日本工学院八王子専門学校・
吉田達也さん、日本大学大学院・菅原雅之さん、明治大学大学院・鈴木 篤さん、
米子工業高等専門学校・中島健太さん)が紹介され、2 0万円の奨学金を受け
取りました。今回の研究テーマは「3 .11 大震災の経験を『知恵』として生かす」。
福島の事故原発をガラスで封印する提案や、鎮守の森から歴史的なメッセージ
を読み解く研究、一時避難所の生活改善案など、楽しみなテーマが並びました。
シンポジウムを主催した A&Aは、教育支援プログラム 「OASIS(オアシス)」によって
Vectorworksを導入した教育機関を支援しています。震災をきっかけに昨年、「OASIS加盟校
研究・調査支援奨学金制度」が誕生しました。今回は第 1回の奨学金を得た 4組(ICSカレッ
ジオブアーツ・河埜智子さん他 20名、福山市立大学・棗田裕英さん、宮城大学・富沢綾子さん、
明治大学・高橋侑万さん)により、その研究成果が発表されました。
▲ ICSカレッジオブアーツを代表して登壇した
河埜さんは、「災害時におけるインテリアデザイ
ンの役割」をテーマに、気仙沼市・五右衛門ケ
原仮設住宅に対する支援策を発表しました。
▲ 福山市立大学・棗田さんは、地元福山で起っ
た過去の津波被害を調査し、街中で学生による
避難シミュレーションを実施しました。西日本で
も防災意識の向上と対策が必要と訴えます。
▲ 明治大学・高橋さんは、過去に建てられた
高台型の集合住宅を調査し、被災地に行って分
かった高台移転についての課題などを発表。
▲ 宮城大学・富沢さんは、南三陸町戸倉長清
水地区の産業復興拠点として建設された「長屋
水番屋」について発表を行いました。
約
6時間にわたる中味の濃いシンポジウムでした。講演者や主催者たちもパーティ会場でほっと一息。交流を深めます。
最後に登壇したのは
A&A副社長・川瀬英一さ
ん。「北海道から沖縄まで
OASIS加盟校は100
校以上になりました。CADをめぐる教育現場を
これからもお伝えし支援していきます」と語りまし
た。BIMの導入サポートや、年間契約型サービス
「Vectorworksサービスセレクト」によって、常に
最新のクリエイティブ環境を提供していくそうです。
工房楽記ハリ&灸の生活
BC工房主人鈴木惠三
「甘い生活」「温泉生活」「野菜生活」「グリコの生活」で、
オイラの体調はすこぶるよろしい。「うれしい生活」で「作
る生活」が始まった。まわりの皆さん、感謝、感謝です。
鍼灸師の田中良子さんの「ハリときゅう」での糖尿病治療
はすごく良かった。何がすごいかって? この先生はキモ
チのケアーをしてくださる天才なのだ。
毎週治療に行くたびに
「なんか、鈴木さん、ひきしまってきて、ますますいい男
になっている」と、やせてるオイラをおだてる。「会席料
理のように、前菜から少しずつゆっくり食べて、最後に
ちょっとご飯っていうのが、いいかもしれませんョ」とオ
シャレな食べ方など、こちら
のキモチをつかんで、ゆった
りさせてくれる。
1時間の治療で、オイラはホ
ントにリラックスできる。だ
いたいは途中からスヤスヤ寝
てしまう。多分、カラダのケ
アーは西洋医学の科学からの
チェックと薬も必要なんだけど、東洋医学的ケアーという
か、心理学ケアーというか、
「キモチのケアー」が大切だと思う。
不安のどん底におとし入れるような科学的データの客観性
もほどほどがいい。オイラは、こんなキモチのケアーを毎
週うけたのが、いちばん良かった気がする。
カラダのケアーも大切だけど、
キモチのケアーはもっと大切
な気がする。
田中良子さんは、オイラのカ
ラダケアーの先生であり、オ
イラの大切なガールフレンド
だ。そろそろ
60歳のガールフレンドに感謝、感謝である。
アマノさんのスチール脚テーブル。
すべての子どもに「豊かな体験」を。TOY工房どんぐりの 30年
障がいをもつ子どもたちのために、布製のおもちゃ作りを 30年近く続けているボランティアグループ「 T OY工房どんぐり 」。
活動の拠点となっている、代田ボランティアビューロー(世田谷代田駅前)を訪ねました。
すべての子どもに「豊かな体験」を。TOY工房どんぐりの 30年
障がいをもつ子どもたちのために、布製のおもちゃ作りを 30年近く続けているボランティアグループ「 T OY工房どんぐり 」。
活動の拠点となっている、代田ボランティアビューロー(世田谷代田駅前)を訪ねました。
1987年、手仕事の好きな主婦たちによって設立されたボランティアグ
ループ「TOY工房どんぐり」。障がいをもつ子どもたちのために、やわ
らかなフェルトなど布製のおもちゃを作り、施設への寄贈を続けるうち、
市販品のおもちゃには、障がい児の求めるものがないことに気付かされ
たそうです。そこで現場の声を反映し、おもちゃのデザインから製作ま
でを一貫して手掛けるようになったといいます。この日は、ユーザーか
らリクエストされた新作布絵本「かさじぞう」の試作を行っていました。
1987年、手仕事の好きな主婦たちによって設立されたボランティアグ
ループ「TOY工房どんぐり」。障がいをもつ子どもたちのために、やわ
らかなフェルトなど布製のおもちゃを作り、施設への寄贈を続けるうち、
市販品のおもちゃには、障がい児の求めるものがないことに気付かされ
たそうです。そこで現場の声を反映し、おもちゃのデザインから製作ま
でを一貫して手掛けるようになったといいます。この日は、ユーザーか
らリクエストされた新作布絵本「かさじぞう」の試作を行っていました。
▼布絵本。人形をマジックテープで着脱してストーリーを進めます。
▲タチカワ銀座スペース「A°tte(オッテ)」にて 8月に開催した展示会。
▼運動能力の向上を期待できる「さかなつり」ゲーム。くっつく、はが
す、つかむ、なげるなどの動作を繰り返し行えます。
りのおもちゃの目的です。そのためには、まず子どもたちの興味
をひくことが大切と、長年デザインを担当してきた穂苅弓さんは
語ります。楽しくなければ、子ども達はすぐに飽きてしまいます。
繰り返し遊ぶことで、自然と運動能力が向上したり、生活に欠か
せない基本色(信号の赤・青・黄)を憶えたり、数を認識する知
力も芽生えるといいます。
デザインを起こす際は、キャラクターの形や色をシンプルで明解
にすることを常に心がけているそうです。実際の遊び方を計算し
て構想を練っても、子どもは計算通りには遊びません。教育施設
を見てまわり、実際の遊び方を観察することも欠かせません。
「子どもが自ら持っているのびる力をひきだす」ことが、どんぐ
「投げたり、噛んだり、叩いたりと、子どもたちは予想もつかない遊び方をします。
どんなことをしても安全で、壊れないおもちゃを作るノウハウを 30年かけて培
ってきました。これからは、障がい児も健常児と一緒になって遊べるバリアフリ
ーおもちゃを開発したいです」と代表の河村豊子さん(写真左)は語ります。
「投げたり、噛んだり、叩いたりと、子どもたちは予想もつかない遊び方をします。
どんなことをしても安全で、壊れないおもちゃを作るノウハウを 30年かけて培
ってきました。これからは、障がい児も健常児と一緒になって遊べるバリアフリーおもちゃを開発したいです」と代表の河村豊子さん(写真左)は語ります。
▲パン屋やおかし屋の組み立てキット。お店ごっこ遊びができます。
▼おかしも美味しそう。安全のため、キャンディーの棒なども布製です。
▲人の表情や色の違いを憶えられる「なかまあつめ」。
試作品を元に起こした型紙を使い、キャラクターの表情など
も出来るだけ均一になるよう製作されていました。
▼カラダの中の仕組みが分かり、着せ替えも楽しめる男の子セット。
どんぐりのおもちゃは、再生産可能な「プロダクツ」として製作され、
ホームページには価格(材料実費のみ)を明記したカタログも掲
載しています。プロの能力を持った人達が労働力を提供し、市販
品では出来ないものを製作することが、本来の意味のボランティ
アであると考えているそうです。有償で提供することにより作り手
にも責任感が生まれ、ユーザーも遠慮なく意見を言え、互いの力
によって製品の改善をすすめてこられたのでしょう。
▲「はたらくくるま」の歌をうたいながら楽しめる車パーツセット。▲子ども達の大好きな「動物新幹線」。バックルで連結しています。▲オオカミのお腹から子ヤギが出てくるのは「七匹の子ヤギ」です。
▼食べられそうなおべんとう。口に入れても安全にできています。▼むずかしい「栄養成分表」も立体になるとこんなに楽しい。▼数字を覚えるのに欠かせないカレンダー。数字を外して毎年使えます。
▲武蔵野美術大学の有志も参加。岡部桜子さんの「Sweeeets」。
▼学生の卒業作品。ブロックを積んでバランスをとるゲーム。
ユーザーの要望に応える間に 30年が過ぎ、いま一番のテーマは後継者づくりとのことでした。代田ボランティアビューローでの活動
は月・水・金の3日間(活動日はホームページで要確認)。どんぐりでしか作れない、物づくりの現場を体験できます。
能無し犬は昼吠える
9月11日、上海にタイムアンドスタイルのショールームを開いた。まさに
その数日後に中国全土で反日デモが行われ、心ある多くの中国人や日本人が
泣いた。長年に渡り築いてきた多くの信頼や関係を一瞬にして崩壊させるよ
うな出来事だった。その発端と言えば、都知事の相手の気持ちを顧みない発
言や行動に端を発し、一方的な考え方によって進められた領土の国有化によっ
て中国国民の眠っている感情に火を放ち、両国の間に大きな溝を作ったこと
は事実として認めなければならない。しかし、一個人の感情としても、一事
業者としても、両国の建設的な関係構築の為に、ゼロからの再出発を図る強
い思いを持って挑みたいと思う。時代は翻弄されるものではなく、自らが行
く先を見つめて建設的に築いてゆくべきものだ。多くの先人たちが日本の歴
史を築くために、生死を掛けて海を渡り、大陸に学び培ってきたものが今の
日本文化であるならば、これからの未来の礎になれるように、壊れた小さな
礎石をもう一度ゼロから一つ一つ積み上げてゆきたい。今が無ければ、5年
後も10年後の未来も存在しない。
問題が単純であればあるほど、問題解決は難しく、解決を諦めるか、力で解
決を探ることとなる。どこに住むかと言うことではなく、どの国に住んでい
ても求める願いの本質は理解できる。世界中で昔からそうだったように、今
も争いは絶えず、何も変わっていない。国や自分の権利と言う言葉を語りな
がら、自分の無知は顧みずに持論を掲げた正論を主張する。国や時代の正当
性などは本当に怪しいものだ。
子供のけんかも、世の中の争いごとも、一方的な犯罪を省いて、ほとんどの
論争の正当性は不明瞭で、そして必ず事実の歪みが存在している。どちらか
が勝利するにしても、どちらかが笑ったとしても、いずれかは片方は泣くこ
とになる。いや、最後には、すべての人間が恨みの連鎖で泣くことが結末と
なる。世界中で恨みの連鎖が旧史から今も永遠に続いている。罪の無い人間
が死に、その罪の無い死に対する恨みが連鎖する。その恨みはどんな前向き
な平和への欲求よりも、希望よりも強い。石原慎太郎の愚言から始まった尖
閣諸島の取得問題に端を発し、自分の住む世界しか知らない人々の島取得へ
の寄付と言う愚かさによって、哲学を持たない首相の愚かさによって、恨み
の連鎖は増幅し続けている。恨みの連鎖を断ち切れない限り、この際限無い
無知で無秩序な戦いは続くことになるだろう。自分の正当性を主張し、相手
を非難することによって世論を味方にし、民衆を引っ張ることに懸念を持た
ないような人間も多く存在する。ただし、この大きな世論の流れに反し、双
方の反省を促す勇気を持つ者は一人もいない。政治家も国民も、メディアも
自国の論理を信じて疑わない。それは日本だけでなく中国や韓国にしても同
罪だ。どちらが正当で不当と言うことを言い始めれば、いずれにせよ一方的
な論理からは前向きな解決は得られない。人間は
どこまでも愚かであり、また同じ過ちを繰り返す。
いずれの立場に立っても、自分の正当性の拳を下
ろす勇気を持たない限り、どちらにとっても良い
結論は導けない。世界の歴史も戦いと略奪と恨み
の連鎖が有史以来続いていることは事実である。
幸せを希求することを目的とした様々な国の神々が血を流す戦いを何世紀に
も渡って繰り返し続けている。結局は人々が血を流す戦いにしか、最終的な
解決を図る術を知らないことは歴史が語る真実であり、戦うと言う結論しか
導きだせなかった神々はどんな神であれ偽善者となる。
だいたい子供のけんかのきっかけは些細なきっかけからがほとんどだ。子供
のけんかにも及ばない中国民衆の日本企業に対する蛮行や日本国民の中国へ
の嫌悪感からは、両国の問題解決への糸口も相互理解への道筋からも大きく
逸れて、理由なき嫌悪感を増長するだけだろう。お互いから何かを学び取る
ような建設的思考を根底の考え方とし、相手の話に耳を傾ける姿勢がまずは
前提条件として双方に必要となるだろう。双方の根底に眠る嫌悪感と歴史が
存在するならば、その事実を双方が学び、行うべき反省を行い、そして建設
的な関係を目指すための土台を基礎から作らなければならない。龍
Volume.19
住まい手バス見学会
コラージの姉妹誌、ア・ハウス・オブ・コラージ19号では、
田中工務店主催「住まい手バス見学会」の模様をレポートしました。
Volume.19
はこちらから
ご覧いただけます
Volume.19
住まい手バス見学会
コラージの姉妹誌、ア・ハウス・オブ・コラージ19号では、
田中工務店主催「住まい手バス見学会」の模様をレポートしました。
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▼こちらは太陽光発電を利用したシャボン玉を作るマシン。
工学院大学わくわくサイエンス祭『理科教室』
19回目を迎えた工学院大学八王子キャンパスの「理科教室」(2 012年 8月 25、 26日)。
中味の深〜い実験や工作を、夏休みの子どもたちが楽しく体験できる人気イベントです。
秋田県大潟村で開催された「 WORLD GREENCHALLENGE 2012」ソーラーカー部門で優勝した工
学院大学ソーラーカー。ボディーに最大 100mm厚の
カーボン素材を使うなど、操縦性や安全性、実用性
を重視した車両の開発を研究しているそうです。
宮城県の「白浜復興住宅プロジェクト」(Colla:J 2011年11月号で紹介)を主導した後藤 治教授の研究室は、伝統的な仕口(しくち)を刻んだ材木を組み立て、小さな住宅を建てるワークショップを開催。
現在はほとんど使われない仕口も多く、後藤研究室で歴史的建造物を学んでいる学生達も、ジョイント方法を理解するのに苦労したそうです。子ども達だけでなく、学生も一緒になって学びます。
模型を使って燃料電池の仕組みを教えていました。下は機関車に搭
載された燃料電池。発電した電力で直接モーターを回すそうです。
大人気の機関車コーナー。実はこの列車、水素を使った「燃料電池機関車」です。子たちが沢山乗ってもパワフルに走ります。
教室を利用して、様々な実験が行われていました。人気の実験に
は長蛇の列が ……。これを自由研究の宿題にする子も多いそう
です。19回目を迎えた「理科教室」には、工学院大学の学生だ
けではなく、附属中・高校生や他校の学生たち約 800名が参加し、
来場者は土日の2日間で 9,500人にのぼります。先生役の学生は
「子ども達から学ぶことは多いです」といいます。昨年に続き今年
も使用電力の節約が徹底され、実験以外の電力利用を控えるよ
う、頻繁にアナウンスされていました。
左は鏡を制作する実験。ホットプレートで熱したガラス皿に、銀イ
オン液を垂らし、還元剤液(ブドウ糖液)を混ぜ、銀鏡反応させます。
19世紀に開発された伝統的な鏡の作り方です。
燃料電池といえば、仕組みを理解するだけで頭が痛くなりそうです。ジュースやお茶、えんぴつの芯など身近な材料を使って、子ども達の手で「燃料電池」を作るという驚きの実験もありました。
水素
酸素
えんぴつの芯
水素
酸素
えんぴつの芯
子どもたちが、燃料電池づくりに挑戦です。まずペットボトルに
ジュースを入れ、えんぴつの芯を2本立てます。芯に電池をつな
ぐとジュースの水分が電気分解され、水素と酸素が発生します。
今度は芯に電子メロディーをつなぎます。水素と酸素が化合し、
電気が発生して電子メロディーの音が鳴りました。
燃料電池の仕組みは「水の電気分解の逆」とよくいわれますが、
実際に経験すると、とてもよく分かりました。
NC工作機械を使って名前を彫刻したネームプレート
を作り、CAD/CAMの仕組み体験するワークショップ。
パソコンを使って名前を入力すると、NC工作機械に
データが送られ、自動で名前が彫刻されます。
大学には「ふしぎ」で「たのしい」研究施設が沢山あり、
それに触れることは、子どもたちの将来にも大きな影
響を与えると思いました。また周辺住民の方々にも、
大学の活動を理解してもらい応援をえるための、よい
機会になると感じました。
芦田貞晴さん(長野県上田市武石)の作品。「毎日身近
にあった目にしたり触れたりするものは、少し物足りない
くらいの姿の方が飽きずに長くつきあえるのではないか」
という考えからうまれたシンプルな家具。
木工家たちの播いた小さな体験の種
長野を中心とした 6人の木工家たちによる「種」( 9月 11〜 16日 渋谷・ギャラリー・ルデコ )
使い手も制作に参加しながら、生活のなかで育てていく家具をテーマにした展覧会でした。
芦田貞晴さん(長野県上田市武石)の作品。「毎日身近
にあった目にしたり触れたりするものは、少し物足りない
くらいの姿の方が飽きずに長くつきあえるのではないか」
という考えからうまれたシンプルな家具。
木工家たちの播いた小さな体験の種
長野を中心とした 6人の木工家たちによる「種」( 9月 11〜 16日 渋谷・ギャラリー・ルデコ )
使い手も制作に参加しながら、生活のなかで育てていく家具をテーマにした展覧会でした。
田澤祐介さん(神奈川県海老名市)は、工房で美
味しいコーヒーを飲みたいという願いから生まれた
「珈琲を楽しむための家具」を出展。野点のお茶席
を感じさせるしつらえ。
自在鉤花入れ
田澤祐介さん(神奈川県海老名市)は、工房で美
味しいコーヒーを飲みたいという願いから生まれた
「珈琲を楽しむための家具」を出展。野点のお茶席
を感じさせるしつらえ。
自在鉤花入れ
北海道の東川町・剣淵町・愛別町に生まれた子ども達に椅子
上は、出光晋さんの組み立て式スツール。中学の授業で作っ
を贈る「君の椅子プロジェクト」(代表磯田憲一氏)から生
て以来、今も愛用しているスツールをヒントに、生活の相棒
まれた作品。木工家・出光晋さん(長野県軽井沢)のデザ
となるシンプルな椅子を提案。左の折り畳み椅子は、畳んだ
インをもとに、元カンディハウスの服部勇二さんが製作した。
状態で自立するように工夫したもの。試作品と共に展示。
宮鍋慶さん(長野県御代田町)は、
スギの家具を自分で「うずくり仕上げ」
して使うことを提案。ササラによって
木目を浮き立たせることで、スギの表
面は強くなり、家具に対する愛着も湧
いてくる。
荻原敬さん(長野県佐久市中込)は、
木製家具に天然オイルやワックスを塗
るためのメンテナンスキットを提案。
自分で定期的に手入れすることで、木
製家具は美しさを増していく。キット
の箱も塗って仕上げられる。
佐々木保さん(長野県小諸市)のフ
ロアランプ。透過光によって表れる木
の自然な色合いを活かしたシェード。
燃料電池自動車(F CV)体験記 水素で走る車に乗ってみて
真夏の自動車教習所で開かれた、燃料電池自動車の運転試乗会へ行きました。主催は水素供給・利用技術研究組合です。
ホンダの燃料電池自動車「 FCXクラリティ」
の運転席
運転試乗会の様子は、
こちらの動画をご覧ください。
You Tubeへのリンク
ホンダの燃料電池自動車「 FCXクラリティ」
の運転席
運転試乗会の様子は、
こちらの動画をご覧ください。
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今回の運転試乗会には、各業界のプレス達が集まりました。ま
ずは運転試乗会のブリーフィングです。主催者の水素供給・利
用技術研究組合( HySUT )は、水素の供給事業と燃料電池自
動車(以下、FCV)の普及を目指し、石油・ガスメーカーや燃料
機器メーカー、自動車メーカーなどにより設立された団体です。
2015年に FCVを一般ユーザーに提供することを目標に実証実
験を行っています。FCVの燃料となるのは水素です。燃料電池
は水素と空気中の酸素を電気化学反応させることで、電気を作
りだします。FCVは車に搭載した燃料電池で発電し、電気でモ
ーターを駆動して走ります。自ら発電する所が、外部からの電気
を蓄電する電気自動車(EV)とは大きく異なる点です。
ホンダ F CXクラリティ
日産 X-TRAIL FCV
トヨタ F CHV-adv
ホンダ F CXクラリティ
日産 X-TRAIL FCV
トヨタ F CHV-adv
いま
HySUTが特に力を入れているのは、4大都市圏を中心に行
っている「水素ステーション」の実証実験です。FCVばかりが進
化しても、水素供給のインフラを整備しなければ実用になりませ
ん。しかし水素を扱う設備には、高圧ガス保安法、建築基準法、
消防法など様々な法規制があり、周辺住民の不安感などの問題も
あります。試乗の前に訪れた「杉並水素ステーション」は、井の
頭通り・高井戸警察隣りにあり、都内の住宅密集地で実証実験を
行う唯一の場所です。水素ステーションには「オンサイト」型と「オ
フサイト」型の2種類があります。オンサイト型は水素を作りだ
す設備を備えたステーションで、オフサイト型は水素をトレーラー
などで供給するタイプです。杉並はオフサイト型です。
みず
上は「水素トレーラー」です。CFRP製のタンクを20本を搭載し、1400立方mの水素を350気圧の状態で運びます。荷台のままステーショ
ンに横付し水素を供給します。地震対策のためタイロッドで床に固定されていました。隣地との境界に、鋼板(厚さ6mm)の障壁を立てたり、
ガス検知器、火炎検知器、温度検知器などを複数備え、異常を検知すると自動散水するなど、都市型のステーションだけに、安全対策には万全
を期しているそうです。右下の赤いタンクは、トラックで輸送してクレーンで積み降ろしする「水素カードル」と呼ばれるタイプのタンクです。水素カードル
水素トレーラー
トレーラー内の
CFRP製
水素タンク
みず
上は「水素トレーラー」です。CFRP製のタンクを20本を搭載し、1400立方mの水素を350気圧の状態で運びます。荷台のままステーショ
ンに横付し水素を供給します。地震対策のためタイロッドで床に固定されていました。隣地との境界に、鋼板(厚さ6mm)の障壁を立てたり、
ガス検知器、火炎検知器、温度検知器などを複数備え、異常を検知すると自動散水するなど、都市型のステーションだけに、安全対策には万全
を期しているそうです。右下の赤いタンクは、トラックで輸送してクレーンで積み降ろしする「水素カードル」と呼ばれるタイプのタンクです。水素カードル
水素トレーラー
トレーラー内の
CFRP製
水素タンク
FCVに水素を充填する様子は、
こちらの動画をご覧ください。
You Tubeへのリンク
▲FCVに水素を充填中。ガソリンスタンドの
ような臭いもなく、清潔な感じでした。
FCVに水素を充填する様子は、
こちらの動画をご覧ください。
You Tubeへのリンク
▲FCVに水素を充填中。ガソリンスタンドの
ような臭いもなく、清潔な感じでした。
▲
400気圧に圧縮した水素を貯めておく「蓄圧器」。
万一水素がもれた際も、大気へ急速に拡散するよう
に設計されているため、爆発の危険はないそうです。
教習所に戻り運転試乗会です。今回は本誌連載でおなじみの、デザ
イナー・小林清泰さん(ケノス)の運転で「ホンダ FCXクラリティ」、
「日産 X-TRAIL FCV」、「トヨタ FCHV-adv」を乗り比べました。
電気自動車と同様、音はとても静かで、エンジン音のしない試乗会
となりました。一方、加速は驚くほど力強くスムーズで。スポーティ
な走りをすると感じました。燃料電池を搭載している分、もっとゆっ
たりした感じかと予想していましたが、これは意外でした。電気自
動車に比べ航続距離も長く、実用の域に入っていると思いました。
小林さんのお気に入りはクラリティ。FCV専用車として設計され、
インパネやシフトレバーにも新しい設計思想を感じたといいます。
FCVがぐんと身近になった1日でした。
クラリティを運転する様子を
こちらの動画でご覧頂けます。
You Tubeへのリンク
inspireD泉湧く町へ、美郷(秋田県)inspireD泉湧く町へ、美郷(秋田県)
秋田県の南部、仙北平野南東部に位置する美郷町。町内に
126カ所の泉が湧く「清水の郷」として知られています。羽州街道沿いの「新地地蔵尊」は、今年で
300歳を迎えたそうです。
羽州街道を散策し、六郷湧水群へ向かいます。
かつて城下町だった六郷には、佐竹氏によって
勧請された寺院の並ぶ寺町通りがあります。右
は本覚寺の華やかな桜門。
たぬき蕎麦風のラーメンです。たぬき蕎麦風のラーメンです。
観光スポット「名水市場 湧太郎」で出会った「たぬき中華」。美味しいです。右は店の裏手に清水の湧くハタチや酒店。店の中から階段を降りて湧水を汲めます。
▲
三河生まれの菅江真澄(すが
え ますみ)は、東北各地を
旅して沢山の紀行文と絵図を
記録し、民族学者の先駆け
ともいわれます。
▲
三河生まれの菅江真澄(すが
え ますみ)は、東北各地を
旅して沢山の紀行文と絵図を
記録し、民族学者の先駆け
ともいわれます。
古くから主婦に愛されてきた「御台所清水」。地元では清水を「シズ」と呼ぶそうです。江戸時代後期の紀行家・菅江真澄による『月の出羽路』の中にも、その姿が美しい絵図として残されています。
一番の人気スポット「ニテコ清水」。この泉の水を使ったサイダー「ニテコシトロン」は明治35年から作られていました。サイダー工場は約百年間の操業を終え、六郷まちづくり
(株
)に受け継がれました。
冷たく澄んだ湧水。ハリザッコなど稀少な淡水生物が生息する清水もあります。
名産品として定着した「仁手古サイダー」は、どこか懐かしい味です。ニテコとは古い言葉で、ニタイ(森林)とコツ(水溜りの低地)から来ているそうです。森と泉に囲まれた地だったのでしょうか
台蓮寺の藤清水と瓢清水。西日は低く長く差し込み、町に静寂が訪れようとしています。昔はもっと水がこんこんと湧き出ていたと、昔を懐かしむ声も聞きました。台蓮寺の藤清水と瓢清水。西日は低く長く差し込み、町に静寂が訪れようとしています。昔はもっと水がこんこんと湧き出ていたと、昔を懐かしむ声も聞きました。
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